
無題
- Geronimo
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2025/12/01 (Mon) 10:31:29
SNSで契約 Vチューバー受難 「書面なし」にリスク、報酬額や支払日あいまい(InsideOutいまを解き明かす)
エンタメの世界でタレントを守る体制のほころびが顕在化している。バーチャルユーチューバー(Vチューバー)など新領域の市場が広がる中、チャットで仕事を依頼したり、事務所の経営破綻で未払いが発生したりしている。SNSの普及で参入障壁が低くなっている。芸能事務所やテレビ局にはタレントが安心して活動できる環境作りが求められる。
「契約書は、ないことがほとんどですね」。5年の活動歴があるVチューバーはこう話す。企業から商品宣伝の仕事を受ける際に契約書はなく、報酬の金額や支払日はSNSのダイレクトメッセージや電話での口頭連絡で済まされることが多いという。
Vチューバーと企業のやりとりでよく使われるアプリ「ディスコード」は、メッセージ送信後に編集可能で、契約内容の確実な記録にはならない。時にはディスコードで通話しながら口頭で報酬について合意することもある。冒頭のVチューバーは「録音もされていないし、飲みの席のような雰囲気で進んでいく」という。
事務所破綻で 未払い額さえ不明
矢野経済研究所の予測によると、2025年度のVチューバーの市場は4年で4倍の1260億円。PR動画の作成やグッズ制作など、Vチューバーと企業のコラボ案件は多岐にわたる。X(旧ツイッター)では「『手数料なしで制作できる』と言われていたのに、実際は請求された」「納品されたグッズが事前に説明されたイメージと違った」などトラブルを訴える声がVチューバーから上がる。
マネジメント機能を期待して事務所への所属を選んでもトラブルはつきまとう。新興のVチューバー事務所では倒産が相次いでいる。米国のVチューバー事務所で日本でも活動していた「VShojo」の事業停止もその一つだ。所属タレントから給与未払いなどの訴えが上がり、7月に同社はXで事業の停止を発表した。
11月には、LinkUp(東京・千代田)が倒産手続きの準備を始めたことを発表した。7月時点で30人弱が所属していた。所属していたVチューバーによると夏ごろから経理業務が滞り、グッズの売上高がタレントに開示されない状態が続いていた。売上高に基づいてタレントがLinkUpに報酬の請求書を出す形を取っていたため、タレントは未払いになっている報酬の金額を把握できない状態だという。
契約書なしの活動はVチューバーに限らない。公正取引委員会が昨年、芸能事務所などを対象に行った調査では、タレントとの契約を「すべて書面」としたのは58%で、「すべて口頭」が26%だった。ヒアリングでは「契約書の必要性を訴えたが長期間作成されなかった」「契約内容が説明されず不明瞭なまま締結してしまった」などの実演家の回答もあった。
明細に内訳明記 タレントと信頼築く
「会社を設立した当時から、透明性の確保を図ってきた」。STARTO ENTERTAINMENT(東京・港)の和田美香チーフ・コンプライアンス・オフィサー(CCO)はこう話す。性加害を起こした旧ジャニーズ事務所で活動していたタレントの所属先として設立された経緯から、23年の創業時は業界での信頼獲得に奔走する厳しい船出だった。
まずタレントから信頼される体制を整えようと「コンプライアンスとガバナンスでは上場企業と同じかそれ以上の水準を目指した」(和田氏)。所属するタレント一人ひとりに毎月渡す支払いの明細には、その月に出演した番組ごとにテレビ局から支払われた報酬の全額、そのうちSTARTO社に入る分とタレントが受け取る分を明記している。
書面による契約以外でもタレントにとって安心な環境を整えようとしている。タレントがハラスメント被害を通報できる担当者を社内に置くほか、社外のカウンセラーの相談窓口も用意する。年少の子どもには守るべき体の性的な部位「プライベートゾーン」について教え、青少年には性的同意について話し、タレント自身が身を守るための教育も行う。鈴木克明社長は「選んでもらえる事務所にならないといけない」と話す。
タレントを起用するテレビ局では出演者の心身の健康を高める動きが出始めた。日本テレビ放送網は、4~6月に放送したドラマ「恋は闇」で初めて「インティマシーコーディネーター」を起用した。性的な場面を撮る際、監督らの演出の希望を生かしつつ、出演者が心身ともに安全に撮影に臨めるよう両者の意向を調整する専門職だ。26年1月からのドラマ2作品の現場ではハラスメントを防ぐ目的の「リスペクトトレーニング」も導入している。外部の講師を招き、撮影スタッフらに研修を行う。
才能開花は対等な契約から(Review記者から)
タレントの労働環境を守ろうと、国も動いている。公正取引委員会は9月、タレントと芸能事務所やテレビ局、レコード会社などの取引に関する指針を公表した。芸能事務所に対しては、契約期間や事務所離籍の際の手続きについて、契約時にタレントと話し合って合意しておくことを推奨する。
芸能事務所が参加する日本音楽事業者協会(JAME)は、加盟社がタレントとの契約時に使える契約書のひな型を1981年から提供している。芸能事務所ではタレントが別の事務所に移る際、移籍した後一定期間に上げた収益の一部を旧事務所に分配する場合がある。元の事務所がタレントの育成にかけたコストを回収する目的だ。公取委の指針を受けJAMEはタレントの業績などを踏まえた金額の計算方法をひな型に加筆することを視野に入れている。
公取委の指針ではテレビ局がタレントを番組で起用する際、演出や報酬について事前に書面で事務所やタレントに伝えるよう求める。タレントが出演前に仕事の内容を詳しく理解できるようにする。ある大手テレビ局は現在、起用頻度の高い一部の出演者とは契約書を交わしている。その他の出演者には企画書などで内容を説明しているが、今後は契約書を結ぶ範囲を広げる方針だという。
ファンを魅了するコンテンツは、「人」がいてこそ生まれる。才能の原石が企業と対等な契約条件でステージを目指せる環境が、エンタメの基礎を作る。(三原黎香)
■芸能事務所 オーディションやスカウトで若者を中心にタレント志望者を見いだし、歌やダンスのレッスンを提供して育てる。テレビ番組への出演などタレントの仕事を獲得し、出演で得た報酬をタレントに分配する。
所属するタレントが1人から数人と小規模な事務所が大半で、VIPタイムズ社(東京・渋谷)が発行する「日本タレント名鑑」には約2700の事務所が登録している。2025年には新たに100以上の事務所が登録しており、参入も多い。ただ、倒産も増加傾向だ。東京商工リサーチによると25年は倒産(負債1000万円以上)が9月までに16件あった。すでに19年の1年を超えている。所属タレントとの信頼構築は事業の安定化のためにも欠かせない。