ホテル・カリフォルニア
- Geronimo URL
2025/07/03 (Thu) 11:34:54
進まぬ米貿易交渉 立ちはだかる「ホテル・カリフォルニア」の迷宮
トランプ米大統領は2日、ベトナムとの関税交渉で合意にこぎ着けたと発表した。トランプ政権が貿易協定を結ぶのは英国に続いて2例目だが、総じて交渉の停滞感は否めない。トランプ氏が目指す貿易赤字の縮小には極めて高いハードルがあり、米国の置かれている状況はまさに「ホテル・カリフォルニア」ではないか――。抜け出すことの難しさを示す例えとしてよく使われる言葉がエコノミストやアナリストの間で改めてささやかれている。
「ホテル・カリフォルニア」は米国のロックバンド、イーグルスの言わずと知れた名曲で1976年冬に発表された。主人公は長距離のドライブ疲れを癒やすために泊まったホテルで快適に過ごした後、日常生活に戻ろうとしたが心地よさにはあらがえず、戻れなくなってしまったという歌詞の内容だ。
米連邦準備理事会(FRB)がかつて量的金融緩和策を導入していたとき、ある地区連銀の総裁が「我々はホテル・カリフォルニア的金融政策のリスクに瀕している」と不安を吐露したことで市場での認知度が増した。その後は日銀のマイナス金利政策や国債の大量買い入れ策、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)に対しても同じ批判的な文脈で語られた。
ホテル・カリフォルニアという表現を用いるときに共通するのは「もしチェックアウトしようとするとかなりつらい思いをする」との認識だ。英バークレイズは2日付リポートで「ホテル・カリフォルニアではチェックインはできても(そのままでは)二度と出られない。同じように、米国の貿易赤字を解消するのは(普通のやり方では)不可能に近い」と指摘。「それを成し遂げるには、景気後退を招く政策、極端な為替変動、あるいは大規模かつ非常に繊細な産業政策が必要となるだろう」とまとめた。
貿易赤字は米景気の強さの象徴でもあり、金融・資本市場への資金流入やドル高を通じて米国民が高機能で割安な海外製品を購入できる環境にもつながる。2025年初頭にかけては米経済の「例外主義」が市場を席巻してきた。その構図をトランプ政権はかなりドラスチックに変えようとしているわけだ。意向が押し通されれば当然、痛みを伴うに違いない。
さらにトランプ氏の掲げる減税政策などで米財政問題の根深さにも再び焦点が当たってしまった。財政というのも、事態がのっぴきならぬ状況になるまでは為政者が見て見ぬふりをしたくなる点でホテル・カリフォルニア的といえる。通貨政策についても、1980年代の「プラザ合意」のような主要国の多くを巻き込む形でのドル高修正策はとりにくい。
こうした中で世界の投資家がドル建て資産の為替リスク回避(ヘッジ、先物やオプションでのドル売り)を進めているのはよく知られている。英HSBCは「ホテル・カリフォルニアで贅沢三昧の状態だったドルの流れが2025年4月以降に大きく転換した」と分析し、「(プラザ合意のような)政治的な決断がなかったにもかかわらずここまで米ドルが弱体化したのは驚くべきこと」との見方を示した。
半面、トランプ大統領がFRBに利下げ圧力をかけ続けている影響で米国株や米国債の相場は崩れなかった。あるアジア系ヘッジファンドのマネジャーは「(トランプ氏は)追加緩和をちらつかせて株式や債券投資家の撤収を防いだ。まるでホテル・カリフォルニアの支配人のようだ」と冷ややかに語った。
もちろん懸念が杞憂(きゆう)に終わる可能性は十分にあるだろう。それでもヘッジの必要はないのか。25年の下半期もリスク管理の巧拙が問われることになりそうだ。
〔日経QUICKニュース(NQN)編集委員 今 晶〕