SaaS企業、飛躍誓う(IPO巧者に聞く)
- Geronimo
2019/08/15 (Thu) 11:07:40
米中貿易戦争などで企業の業績に悪化懸念が強まっている。それでも新規株式公開(IPO)市場は活況が続き、1~6月は前年同期よりも2社多い38社が上場した。特に投資家の注目を集めたのはクラウドで業務ソフトを提供するSaaS(サース)分野の企業だ。株価が堅調で「IPO巧者」ともいえるスタートアップ3社の経営者に成長戦略などを聞いた。(鈴木健二朗、高橋徹、潟山美穂)
高い成長率の維持不可欠
1~6月のIPO市場ではSaaS関連が関心を集めた。月額課金のビジネスモデルで収益を見通しやすいことや、企業がITを活用した業務改革を進めていることが追い風だ。一方で、各社の時価総額は足元の収益規模を上回る。時価総額を今期の予想売上高で割った株価売上高倍率(PSR)は5日時点でカオナビが約12倍、リックソフトが約10倍。SaaS系で先行して上場したマネーフォワード(9倍)などを上回る。株価を正当化するには、規模を拡大しながらも高い成長率を維持することが欠かせない。
サーバーワークス大石良社長、働き方改革で需要拡大
――事業内容は。
「我々は米アマゾン・ドット・コムの『アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)』の専業クラウドインテグレーターだ。システム構築から保守・運用まで一貫して手がけている。AWSは2018年だけで1000以上の機能変更やサービス追加をした。我々は全ての新サービスや機能を研究している。サービスを磨き続けて他社との違いを示し、案件を獲得していきたい。売上高構成比でみると導入関連が15%程度で、残りは保守運用だ。成約すると根雪のように収益が拡大する」
――これから力を入れる分野は。
「リモートワークやテレワークといった領域だ。働き方改革が広がり、柔軟な就労環境のニーズが高まっている。柔軟な働き方とシステムの安全性確保という観点でAWSが役立てるはずだ」
「従来はAWSの活用といえばサーバーを引っ越すケースが多く、働き方改革が理由に挙がることはほとんどなかった。ただ、直近1年は必ずといっていいほどリモートワークやテレワークのために導入したいという内容になっている」
――上場を意識した理由は何ですか。
「社会的な信用を高めることが最も大きい。AWSの導入支援ビジネスを進めていく過程で、未上場企業の厳しさを実感した。情報インフラを預かる事業だから、顧客企業がサーバーワークスを信用できるかどうかが重要だと痛感した」
「採用でも状況は同じ。未上場の時期には転職希望者が当社への内定を配偶者に伝え、反対されたために入社辞退に至ることも少なくなかった。新入社員を採用する目的で外部の募集サイトに登録しても、会社を絞り込む画面で上場企業という選択肢にチェックを入れられると、学生の目に留まることもなかった」
「上場で状況は一変した。中途採用の応募は前年同期に比べて約4倍に膨らんだ。配偶者からの反対もなくなり、今期は7月1日時点ですでに10人の中途採用者が入社した。来春入社の新卒採用は上場時期との兼ね合いでまだ効果を感じられていないが、来期から応募が増えるとみている」
――今後の事業拡大に向けた戦略などは。
「株主に評価してもらうには、利益を出しながら成長し続けるしかない。20年2月期の単独営業利益は前期比11%増の3億7200万円を見込んでいる。前期の営業増益率(6・3倍)に比べると鈍化したようにみえるが、中途採用の増加が主な要因。能力が高いシステムエンジニアでも、AWSのサービスを習得するには1年かかる。今期の業績への寄与度は限られるが、採用した人材は来期以降の収益に貢献してくれるはずだ」
サーバーワークス
▼設立 2000年
▼本社所在地 東京都新宿区
▼従業員数 109人(7月1日時点、契約社員など)
▼主な事業 「アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)」のシステム構築
▼売上高(20年2月期予想) 60億円(34%増)
営業利益 3億7200万円(11%増)
▼時価総額 (5日時点) 231億円
(注)カッコ内は前期比増減率
カオナビ柳橋仁機社長、システム普及、まず国内
――上場の狙いは。
「我々が手がけているタレントマネジメントシステムの普及率はまだ低く、日本では12%程度とされている。普及率を高めるには知名度を上げることが必要だと思い、株式上場を目指した。上場すると知名度が上がるだけでなく、顧客にとっての安心感も高まるようだ。個人情報を扱うビジネスなので、信頼性を判断してもらううえでも上場の意義は大きい」
――創業時から上場が視野にありましたか。
「08年に起業してから1~2年は今日明日をどう生きるか、目の前のビジネスを考えるのに精いっぱいで、上場を考える余裕はなかった。売り上げが徐々に増えるのに伴い、3年前ごろから具体的に考え始めた」
――上場を果たしてからの具体的な効果は。
「営業先から『決裁を通しやすくなった』との声を聞くようになった。さらにはSaaSへの理解も急速に深まっている。昨年8月にチームスピリットがSaaS企業として上場し、今年6月にはSansanが上場した。SaaS企業の上場が続く状況で我々も上場できたのは良かった。ゲームやバイオなど各時代に流行銘柄があると思うが、今はSaaSが注目されていると思う」
――社員の顔写真と人事情報を関連づける人材管理サービスを提供しています。
「働いている人の情報をクラウド上に一元化して機能を高め、人材マネジメントのプラットフォームを築くことが目標。普及率を上げるため営業やマーケティングを強化し、スピード感を持って市場を開拓してきた」
――参入企業が増えれば他社との違いを示すのが難しくなります。
「私はエンジニア出身だが、モノを作ることへのこだわりは強くない。事業戦略を立てる際、モノを作ってから売るという発想では、うまくいかない。商品を売っているシーンを思い浮かべながらモノを作ることが重要だ。モノを作ることよりも売る方を優先する方が、良い結果を残せる」
――上場で調達した資金は何に使いますか。
「広告を含むマーケティング費用に充てる。競合が増えているので、機能を高めていくための開発費用に使いたい」
――中長期目標は、どう設定していますか。
「24年3月期に売上高100億円、営業利益率30%を目指す。現在の1300社から5000社に導入企業を増やすのが目標だ。SaaSの有力企業となるには、この数字を超えなければならないと感じている」
――海外進出も視野に入れていますか。
「アジア圏ではカオナビが活躍できる分野が大きいかもしれないが、欧米では顔写真の取り扱いなどが日本よりも厳しい。まずは国内での普及率向上を優先したい」
カオナビ
▼設立 2008年
▼本社所在地 東京都港区
▼従業員数 111人
▼主な事業 クラウド人材管理ツール「カオナビ」の開発・販売
▼売上高(20年3月期予想) 25億円(50%増)
営業利益 非公表
▼時価総額(5日時点) 313億円
(注)カッコ内は前期比増減率
リックソフト大貫浩社長、自社ソフトを収益源に
――ビジネスモデルを教えてください。
「海外ソフトウエアを仕入れて顧客企業に販売し、運用支援するライセンス&SIサービスが主体で、売上高の約9割を占める。大部分はプロジェクト管理に使うオーストラリア製の『アトラシアン』が主力製品だ」
「これにクラウドサービスが続く。サーバーを自前で用意できなかったり技術者がいなかったりする企業もソフトを使ってもらえるように、セキュリティーを確保した動作環境を24時間365日体制で提供している」
「3つ目は自社ソフトの開発だ。アトラシアン製品に自社で機能を追加し、顧客に提供している。米国に子会社があり、海外70カ国の約1100社に販売している」
――上場の狙いは。
「10年前にアトラシアンの販売を始めたときは、上場は全く考えていなかった。市場環境の変化を受けて要件定義を柔軟に変更する『アジャイル開発』が広がり、国内の大手企業で採用が広がった。成長軌道に乗るなかで会社としての継続性をどう保つか悩んでいたとき、株主であるベンチャーキャピタル(VC)から上場を勧められた」
「企業は一度ソフトを導入すると5年から10年は使う。未上場企業は財務内容が不透明で、大手顧客から『大丈夫なのか』と聞かれることも多かった。上場準備の過程で会社の管理体制を整えることができた。上場後は海外ソフトベンダーからの問い合わせも多い」
――公募で調達した約3億円の使い道は。
「技術者の採用を増やすほか、オフィスを増床する。研究開発費を増やし、利益率の高い自社ソフト開発を強化する。特に期待するのが『WBSガントチャート』だ。プロジェクト管理で主流のアジャイル型だけでなく、従来のウオーターフォール型も統一して管理できる。海外企業と競争しており、トップになれば大きな収益源に育つ」
――20年2月期の連結売上高は前期比21%増の30億円、営業利益は9%増の4億円を見込んでいます。前期の44%増、2・7倍と比べると伸びが鈍化する理由は。
「アトラシアン製品の拡販だけに注力すれば売上高をもっと伸ばすことはできるが、取引先1社への依存はリスクが大きい。海外ソフトの品ぞろえを広げ、AIを使ったテストなど運用ツールも充実させる。先行投資で足元の成長は鈍化するが、将来のより高い成長を実現するためだ」
――直近の時価総額は300億円前後で、公開時(82億円)を大きく上回っています。
「高い期待値に負けない成果を出していかないといけない。日本のソフトウエア企業で海外での成功例は少ないが、そこに挑戦したい」
リックソフト
▼設立 2005年
▼本社所在地 東京都千代田区
▼従業員数 74人
▼主な事業 プロジェクト管理ツールの導入支援、自社ソフトの開発・販売
▼売上高 (20年2月期予想) 30億円(21%増)
営業利益 4億円(9%増)
▼時価総額(5日時点) 314億円
(注)カッコ内は前期比増減率